73.秋の東海道本線 鉄道の日記念きっぷ旅 〜静岡と湯河原〜





毎年この時期に発売される、鉄道の日記念JR乗り放題きっぷ。

秋の18きっぷ、みたいなものである。


去年は関西三島湯河原の1泊旅だった。

秋にも18きっぷのような各駅停車の旅ができるなんて

いつまでもなくならないでよ、鉄道の日きっぷ!

2005年鉄道きっぷ旅の関西編はこちら 三島湯河原編はこちら


とはいえ、今回は前日までどこへ行くかも決めきれず、

ほんとに行くかどうかも迷っていた。

旅になんて行っている場合じゃないのに

それでも、今の私には「旅する」ことが必要だった。

なんか、そういう心境だったのだ。

…おセンチの秋ゆえに?!


信州に行こうか、それとも静岡か、それとも

ここしばらくはずっと時刻表片手に通勤(笑)、毎日路線図ばかりみては

あーでもないこーでもないと葛藤する日々そこが楽しい)


土曜日に行こうか日曜日に行こうかも迷っていた。

静岡メインなら、日曜日の方が都合がいい。

日曜日しかやっていないパン屋さんや、土曜日定休のパン屋さんがあるからだ。

でも、帰りに湯河原寄るならば日曜日ではだめだ。

あーー、いっそのこと全然別のところへいっちゃおうか?


あれやこれやを天秤にかけ葛藤し続け、

金曜日の雨の夜、天気予報を見て決めた。

「明朝、静岡行こ!」


そう決めたら準備スタート。

とりあえずは今夜は眠らない!





翌朝、朝5時の始発で最寄り駅から出発したのにも関わらず

新宿駅で愕然。

「みどりの窓口」がまだ開いてません(笑)。

うーーわ、これじゃ「鉄道の日きっぷ」が買えない。

そんなこんなで結局時間を30分以上無駄に潰す羽目に。

やっぱ前日決定じゃ準備がぬかるわ…。



電車の中ではもちろん爆睡していたのだが、

ふと湯河原と熱海の辺りで目が覚めた。

海原に朝焼けの白い光が輝いていた。

うわ…! なんて景色なんだろ…!

何度も見ているはずのこの風景を、朝の光がこんなにも別のものに変えてしまうなんて。

あぁ…もっとじっくり眺めたいのに…睡魔が……

……


次に目が覚めた時はすでに静岡は清水だった。





06:16品川発→09:12草薙着


8月に浜松へ行ったときに、

途中わざわざ下車して車を借りて向かったパン屋さんがあった。

あいにく夏期休暇で玉砕した痛みが癒えぬまま、また来てしまった(笑)。

そう、今回はリベンジマッチ。

(その時の模様はこちら


草薙駅からは、徒歩15分くらいだろうか。

県立美術館のすぐ側にある、その店までの道のりは、

秋にしては妙に日射しが強く汗ばむものだった。





プティタプティ。

ポプラ並木を登ればそこには見覚えのあるエントランス。

パンの焼けるいい匂いが漂ってきたときに「報われた」と心でガッツポーズ。





外装から掴むものがあるのだが、内装がとにかくすばらしかった!

壁の中の埋め込みの棚にパンがひとつひとつディスプレイされている。

まるで雑貨屋さんのようなパンに合わせたその見せ方は

これまでいろんなパン屋さんでみてきたどれよりも抜群のセンスだった。

どこを切り取っても、ポストカードになりそうな、

ここまで絵になるパン屋さん、そう滅多にないかもしれない

(といいつつ、あまりにお客さんの切れ間がなく、写真の交渉をし損ねた。

みなさま、ぜひ生で見に行ってくださいまし)


ひとつひとつ飾っているパンが棚からなくなれば

奥様がまたひとつひとつ埋め合わせるように補充していくのだけど

後から後からお客さんが絶え間なく訪れるから

あっという間にディスプレイからパンがなくなり補充が追い付かない(笑)。

うわーん、お手伝い差し上げたい…(って無理か)。


若いご夫婦二人でやっているパン屋さん、伊勢原某パン屋さんで働いてらした御主人なのだが、

顔をみたらやっぱり見覚えがある!

そう、2年前の銀座での催事のときに「キャラメルバナナ、人気ですー」と売っていたあのお兄ちゃん!

そのことを告げると、あちらさんもどうやら見覚えがあると言ってくださった。

すでにこちらのお店の開店準備に入っていたけれど、助っ人としてかり出されたと言う話。

そりゃあれだけ毎日通ったものなぁ…ほんとに覚えてくれていたかどうかわからないけど(笑)嬉しかったのだ。





パン屋さんの横のポプラ並木を数メートル進むと、

緑でいっぱいの県立美術館がある。

昨日までの雨が嘘のような爽やかな秋晴れ。

ベンチでパンを広げて早速遅めの朝ごはん♪


お会計の時にぷぅ〜んと漂って来たチーズの焼ける香りに反応、

棚に並べる前にいただいてしまったフロマージュは、

チーズ溶岩が吹き出してむっちり生地の表面をつたう。

何種類かのチーズがとろけあって、まろやかな美味しさ…!


カランツノワは、一点ものと思われるような個性的な器に盛られていた。

まるで絵から飛び出して来たような美しいパン。

赤ワインに漬け込まれたカランツと胡桃のコク、そしてクラストの甘苦な香ばしさ。


やわらかいパンは、ミルクパン生地のものがいくつかあり

すりおろしたレモンが入ったパン・オ・レ・シトロンは

生地の甘みにレモンの皮のちょい苦な香りがくっきり浮きあがる。





スラッとシャープに伸びたバゲットは、細くてかなりハード。

食べればたちまち口の中がシャリシャリと細かい美味しい裂傷が。

ほっこり甘みが沸き立つクラムに香ばし〜いクラスト。

味わいもルックス通りにシャープ。





クレームダマンドを敷いた洋梨のデニッシュは、

まだ汁気を吸う前のバキバキとハードな生地がホントに美味しい。

それ以上に、このクレームダマンドの美味しさに感動。

ひんやりとした洋梨のコンポートとダマンドが溶け合った部分に感動。

少しだけツブツブと固まりつつあるような不思議な口当たりに

偶然の産物か、それとも確信犯なのか

確かめたくなってしまった。





伊勢原を思い出させるクロワッサンはやっぱりカラス形。

…だけど、あちらよりも倍くらい大きくてお得! なんて思った(笑)


味は、ここのオリジナルの味だ、と思った。

表皮全体に、焦げた香りがついているので、食べている間中にその香りがついてまわる。

このどこか懐かしい香りは…言葉が見つけられないのだけど、どこかで感じたことのある…

層が一枚一枚厚みを持ってバキバキしているのだけど、

「みちみちっ」と実が少しレアっぽく、そのコントラストが面白い。



美味しさもさることながら、

かわいい雑貨を手に入れたような

「食べること」にプラスアルファがあるようなうれしさ。

さわやかな朝の緑の中で食べることのうれしさ。

早起きしてよかった!








ローカル線の静岡鉄道に乗ってみた。

県立美術館前から、2つ先の御門台。ほんの2分程度の乗車。

歩いてもいけるが、ここは時間を優先してみた。

御門台の駅の側には有名なドイツパンのお店、オリジンカワモトがあるのだ。





ぐわ!

そ、そうだった…今日は土曜日。定休日だったことを調べていたのに(笑)。

結局、JRの草薙駅まで15分程度、歩いて戻ることにした。

同じ道のりを戻るのはイヤなのである(笑)。


こうして、清水はパン屋さん1軒で後にすることになる。

もう、このまま東京に戻ってもいいくらいに、

すでに午前中でたっぷり満たされてしまっていた。

…というか、今すぐ眠りたい(笑)あまりに眠くて倒れそう!





せっかくの静岡、名物料理を食べなきゃ何しに来たことやら。

(いや、もちろんパンっちゃパンですけど…)

静岡にはたくさんの名物がある。

「富士宮の焼そば」というのもそのうちのひとつかもしれない。

富士宮には、独特の焼そば文化があるらしく、

町の至るところで焼そばを出す飲食店があるらしい。

それで町起こしがなされたという。


でも…富士宮に行くには

わざわざ東海道本線から逸れて北上しなくてはならないのだ。

動機付けとしてはやや弱い。



ふと

富士山を間近に見たことがあまりないことに気がついた。

飛行機党の私は新幹線も滅多に乗らないし、

富士山は先っぽがわずかに見えただけでもめっけもん、だった。


富士山、見てみたい!

富士山、見に行こう!

ついでに焼そばも食べて来よう(笑)。

旅にはなんでも一石二鳥を求めてしまうサガ。



10:37草薙発→11:03富士着

11:06富士発→11:24西富士宮着



東海道本線の富士駅からは、身延線という甲府まで続くローカル線に乗り換える。

富士宮に向かうまでの道中、富士山がたえず車窓に迫っている。

富士山をめがけて列車が走るような感覚で、

迫りくる富士山に感動を覚えた。

これだけのために来てよかった、そう思えた!


…けれど、席を立って運転席の横の窓に立つことはできなかった。

鉄っちゃんではないと自分を律する私には写真を撮る勇気はなかった(笑)。

あの迫力の富士山の風景は私の心のアルバムにしまっておくことにしよう。





西富士宮駅。

ここと一つ前の富士宮駅の間が町の中心街である。

昨晩、焼そば情報を検索してみると、富士宮の焼そば愛好サイトがあり、

そこの店鋪リストはなんと200軒! そんなに焼そば出す店があるの?!


富士宮と言う町は、昔から手頃な小麦を使った焼そばがよく愛食されていたそうなのだが、

麺の保存方法がなかったため、なるべく日持ちがするようにと、

製麺所は水分をなるべく少なくした麺を開発したそう。

だから富士宮の焼そばはコシが強い。

そして、豚のラードを絞った後の肉カスやイワシの削り粉がかかっているのだそう。


で、その個性的な焼そばを、ずっとこの町の人たちは「当たり前」だと思っていたそう。

どこの地域でもひとつはそういう食べ物とか習慣とかあるが、

まさに富士宮にとっては「え? 焼そばってこういうもんじゃないの?」と思っていたそう。

それを町おこしに使い、今でこそ富士宮は焼そばの町としられるようになったわけだ。

…今でこそジンギスカンはメジャーになってしまったが、

北海道ではラム肉が当たり前にスーパーに並び、家庭でジンギスカンを普通に食べていたのと同じようなものだ)



とりあえず「老舗」なら間違いないだろうと(笑)

西富士宮駅からほど近いお好み焼き屋ののれんをくぐった。




ほぉーーー。一番の老舗! 期待しませう!





のれんをくぐった瞬間に、ものすごい臭いがした。

うああああー! なんなの、この豚コツ臭は…?!

いや、豚コツというか……

あれだ、つい先日台湾で散々嗅いで来た「臭豆腐」のあの臭い!(笑)

豚のラードを使った臭いなのだろうか。





さっそく頼むのは焼そば、トッピングは五目(豚、イカ、海老)。

なるほどぉー。麺にコシがあって、短くぽそぽそっとしている。

イワシの削り粉と青海苔がミックスされたふりかけをトッピング。

ソースは辛めで、ビールが進む。というか、白いご飯のおかずにもいいかも(笑)

やはり豚が主役だなぁと。肉のカケラもたくさん入っているけれど

味全体が豚の出汁がでているというか…。

でも、全部食べ切るのはちょっとしんどかったかもしれない、

思ったよりも脂っぽくはなかったのだが、味がこってりしている。





いや、たぶん原因はお好み焼きとのハーフハーフにしたせいだ(笑)。

だって、富士宮の焼そばっていうのは、本来お好み焼き屋で出されるものらしくて

おかみさんに「うちは焼そばよりお好み焼きの方が売りなのよ!」と

プッシュされたのだ(笑)

確かにお好み焼きの方が美味しかった気がします(笑)。

いや、全部はさすがに食べきれなかったが


もう、ほんと粉で飽和状態…げっぷ…。

こんなに粉もん食べてたら私のカラダも粉になっちゃうかも

って、パンはどうなのさ?(笑)





腹ごなしに隣駅の富士宮駅まで歩く。

途中、浅間神社の横の川から富士山を仰ぐ。


ここからの景色もとても好きだったが、

駅前の陸橋の上からビルの合間から見た富士山は、

山麓の濃い緑までも見えていた。あれが樹海なのだろうか。

初めてかもしれない、富士山の足元を見られたのは






13:34富士宮発→13:53富士着

14:01富士発→14:21沼津着

14:28沼津発→14:34下土狩着





一軒の焼き菓子のお店に訪れたかった。

以前より、何度か地元の方にお土産でいただいていた焼き菓子は

どこにでもありそうなクッキーなのに、どこにもありえない美味しさだった。


のどかな町の民家の玄関を売り場にしたそのお店は

私と同世代の女性がひとりで手作りし、ひとりで販売している。

玄関の前には秋らしい色のコスモスが咲き乱れていた。





「粉が好きだから」

ケーキよりもパンが好き。

そう彼女は言っていた。

その小さな空間には粉がもつ色と素朴さとナチュラルさとが

彼女色に統一されていた。





お隣には、無人の野菜売り場が。

おぉ、泥んこの里芋やらが安っ!





ほいじゃゴーヤをひと袋いただきます。

ほら、お代もちゃんと払いますよ〜。ちゃりん!





すぐ側には神社と公園がある。

前に三島にきたときもそう思ったのだけれど

ここにはしっとりとした昭和の原風景があるなぁ…って…





秋にしてはあまりに暑い一日だった。

日射しから逃れるように、木陰のベンチに腰かけ、お菓子を広げた。

こういう郷愁あふれる風景にはどうにも弱い。

なんだか気持ちセンチになってきた…。

うーん、秋のせいかもしれない





ほわほわっとやわらかくも、コシがある不思議なシフォンケーキは

喉に通ったことも気付かせないくらいにふわっと消える不思議な口どけ。

ためらいなく一気に食べきった。でも、ゆっくりと丁寧に味わいながら



焼き菓子の色はナチュラルだけれどどことなく寂しさも感じる。

それは秋のセピアな色にこんなに溶け合ってしまうからなのかもしれない。

でも…ひとくち食べれば、美味しさ色に染まってく。

ほらもう、ちっとも寂しくないよ。



三島の駅まで歩いた。

…遠回りしてしまったのか、かなり遠かった…

着いたのは何時? もう4時近く?! うーわ…。






15:56三島発→16:10熱海着

16:15熱海発→16:19湯河原着





今朝、朝焼けの湯河原の海を寝ぼけ眼で眺めた。

そして同じようなオレンジの色に染まった夕焼けの湯河原の町に戻って来た。

そう、もちろん立ち寄るのは去年の鉄道の日きっぷ旅と同じ、

ブレッド&サーカスさん。

(前回の立ち寄りは梅の季節。こちらから)





「明日、もしかしたら行くかも知れませんっ!」

来店予告はしておいたけれど、さすがに夕方だと人もまばら。





…やっぱりパンもまばらであった(笑)。

とほほ。でも、それでもまだパンはある。

大きなパンが、ケーキが。

そして、大きな大きな懐のマダムとムッシュ。

いつの間にか私の中でこんなにも大きな存在になっていた。


 



B&Cさんのパンは…田舎風だという。

でも、そこから独自に彼らの味を加えて行った。

外国を知らない私たちにさえ

「新しさ」と同時に「懐かしさ」を感じさせてくれるのだもの、

外国のお客さんが「自分の国のパンのように、いや、それ以上に美味しい!」と

絶賛するのもよくわかる気がする。





今回初めていただいたケーキアングレは

また私の中で「B&Cさんはケーキのお店だ!」を確信させてくれた。

「ケーキは甘くなきゃ!」なんてマダムの声が聞こえてきそうなくらいに

濃厚に甘い。口に近付けただけで香りそうなバターの濃い味わい。

だけど押し付けがましくない、引くところはちゃんと引いた甘さ。

なんて美味しいのだろう…!

ああ、お茶を用意する前にまた一切れ、

切りながら立ちながら食べてしまうじゃない。





これも今回初めて食べてみる、ウィーン風フルーツブレッド。

このカタチ、一体中はどういうことになっているんだろう?

私は、切ってみた時に仰天するのが好き。

絶対これって、仕掛けがあるはず!

私と同じ気持ちの人は、

…これから下の画像はネタバレになるので見ない方がいいですよ?!












きゃーー!!

一体なにごとかと思ったっ!

杏とレーズンとプルーンがぎっしり

ぎっしり…というか…ものには限度ってものがっ?!(笑)

生地は牛乳パンのような懐かしいミルクの甘み。

リッチに煮込まれたフルーツは、これだけぎっしりなのに

塩っぱさとかくどさが全くない。さらさらーっと食べられてしまう!


これ、…うすく切ってお茶とどうぞ、だなんて、んな無茶な(笑)

カタマリでがぶっと一気に行かないと美味しいパーツがぽろぽろこぼれますっ!

取り扱い要注意?!








先日、占いで私は「あなたはgiveばかりで、takeを受けない人」と言われた。

私は人に与えてばかりいるgiveの人間なんだという。

しかし…それを聞いた時に、私はそれは違う、と違和感があった。

この占いはたぶん当たらないな、そう直感した。

私は人から与えてもらっているものをちゃんと与え返していない。

それができてない人間だもの。そう思った。


マダム。

どうしたらそんな風に無償の愛情を人に注げるのでしょう?

ねえマダム。

どうしたらそんなに温かく人を受け入れることができるのでしょう?


その答えが今夜、ひとつわかったような気がする。

その答えを、この日みた満月にそっと照らしてもらおう。

私の中で見失わないように、いつまでも照らしてもらおう。

だから、この満月の絵をここに残しておかせて。

この日のことを忘れないように





帰り道、東海道本線の駅のホームで電車を待つ。

そう、去年の秋の鉄道きっぷ旅の帰りも、

真っ暗なホームに鳴り響く鈴虫の声にしばし聞き入っていた。


ふと気まぐれに飛び出した日帰り旅。

それが予定通りに進んでも進まなくても

確実に私の1ページに強く深く刻まれる。

それは同じシーンであっても、違う意味合いを持って。


そして、私はこの日を1日分、年をとっていくんだ。

ひとりで前に進むんだ。


2006.10.7