10.思いがけない茶懐石




6月下旬。パン友達が自宅で和食をもてなしてくれる、という。

ちらりと茶懐石…とは聞いていたのだが、

ごくごく普通に和食で懐石風に料理を用意してくれているのだろう、

そう思いながら、指示通りにバスに乗り、バス停で降り、家を探した。



先週先々週と、私はパン屋さんから

恐縮するほどのもてなしを受けた。

その並々ならぬ心遣いがまだ私の心を温めていた。


…そして、また今日。

胸に迫るような、熱いモノがこみ上げるような

そんなもてなしを受けてしまった…。

忘れたくない、忘れてはならない出来事になるだなんて。

バスに乗り、バスを降り、家を探している時には

まだ、そんなことになるだなんて、全く想像ができなかったのだ。






着いたそのお宅は、古く由緒あるようなお屋敷だった。

その時点で驚いていた私、「に、日本庭園があるよ!!」

私は思いきり鈍かったようだ。

迎えてくれたお母様を見て、

「ここ、何屋さんなんですかー?!(笑)」

アホなジョークが口から飛び出してしまった。

和装だったのである。とても凛としたきれいなお母さまだった。

後で玄関に戻ってみるとこんな看板が。






ひえぇぇ〜。







茶懐石って、なに? 普通の懐石と違うの?!

私は全く茶懐石というものは初めて。

もちろん、同行の友人たちもみな初めて。

まさかこんな展開になるだなんて…。


お茶と言えばうちの母もやっている。

昔から粗雑な私に対し、ことあるごとに

「お茶やりなさい、お茶やりなさい、少しでも品がよくなるわよ」

耳にタコができるほど言われていた。

言われれば言われるほど頑に拒む頑固娘の私に、

お茶をやる機会はついに訪れなかった訳だ。



緊張の面持ちで畳の上で一列に並び、正座をした。

足のしびれとは戦いだったが、

涼しい日本家屋に居心地の良さを覚えていた。






彼女が台所で調理をし、お母さまが亭主を務めてくださるのだ。

折敷(お膳)を持ったお母さま静々と畳の上を進み、客である我々の前に差し出す。

神妙に私たちは両手をさしだし、受け取った。


作法をひとつひとつ丁寧に教えてくださるお母さま。

台所で料理を作り、盛り付けているであろう友達。

以下、未知なる、素晴らしい経験を忘れないためにもきちんと残したい。

(カメラ撮影の許可を得る。なんという粗相か(笑))







両手で茶わんの蓋を取る。その蓋を右脇に置く。

お酒が来るまでは向付けには手を付けない決まりだ。

まずは飯と汁を頂く。


どれも薄味の、素材の真直ぐな味がする料理だった。

丁寧な仕事がよくわかるその料理は、どれもこれも感心させられるものだった。

枝豆と大葉、みょうが、胡麻などが入ったご飯はついついお代わりが進んだし、

赤だしのお汁にはなんとアボカド! アボカドにちょっとのからしをのせた

ごくシンプルなもの。アボカドが味噌汁の美味しい具になるなんて!


盃のお酒を飲んでから初めて向付けに箸をつける。

お出汁とワサビが美味しいイカと鯛のお造り。

特に鯛の美味しさが…! 酒が進む。

…進んでいいものなんだろうか?(笑)







椀盛りは、海老しんじょう。カブの中に詰められている。

海老が美味しい…。

和食って、きれいだなぁ…。凛としている。

器、色とりどりの季節の素材。そして私はこの畳にすら美しいと思わされる。







焼き物は人数分が器に盛られ、順に回される。

お皿はなく、すでに出されたお椀の蓋を使うのだ。

銀ムツの西京焼き。私の大好物である。

脂の乗ったムツの美味しさにとろけそうになる…。


出てくるタイミングがまた絶妙。

亭主はおそらくこちらの進み具合をきちんと見計らっているのだろう。

そう、すぐれたコース料理のそれと同じように。

コース料理よりももっとポーションが小さいのできっと慌ただしいはず。

なのに、言葉はおかしいがなんとも「涼しい」顔でもてなしをしてくれるのだ。






白和えはしっかりと水を切った豆腐を使い、

きっと丁寧にすってくれたのであろう胡麻の香りが強い!

その時はなんの果肉かわからなかったのだが、後で聞いた話では、イチジクとビワだったとか!







一汁三菜が基本ということなのだが、

これだけでは足りないでしょ? という優しい彼女の配慮から、

(と、お母様から伝え聞く。彼女は終わるまで台所から一度も出てこないのだ)

炊き合わせも振る舞ってくれた。

湯葉、麩、椎茸、カボチャのいとこ煮、そしてシシトウの素揚げ。

全てが素材のそのままの味を活かしながらお出汁でいい塩梅に煮ている。

湯葉とシシトウに思わず呻く…。美味しい…!


この後、「箸洗い」というステップがあるのだが(画像無し)

箸を清め、口の中をさっぱり清めるために、お吸い物が出てくる。

梅昆布茶のようなものだった。たしかにこれで口も気持ちも新たに。





八寸とは、四方が八寸のお盆に、山の幸と海の幸を一種類ずつ載せ、

お酒とともに出される肴である。





私はこのそら豆の青さと、小魚(お酒に漬け込んだ感じの)の、

配置と色彩の美しさに目を奪われた。

なんだろう、全てにおいて動作が美しく、色が美しく、味も美しい。

心がどんどんきれいになっていくような気持ちになるのだ。


湯桶とは、最後に湯斗というお湯(焦がしたお米が入っている。味は得にない)と

香の物が出される。茶碗にお湯を汲み、茶碗を洗いながら湯を啜り、

大根や自家製らっきょう、人参、きゅうりなどの香の物を頂く。

それにしてもなんて美味しい香の物…!

大根〜! 大根〜!!


一同が食べ終わったら、折敷の左縁にかけておいた箸を一斉に落として音を鳴らす。

これが食事が終わったことの合図なのだ。

…全く初めてのことで、粗相だらけだったがどうにかお食事終了!

感動と驚きの連続だった…。







茶菓子をいただく。いつも使っているという和菓子屋さんの練りきりとのこと。

今回、和食の美しさにため息の連続だった。

この練りきりも本当にキレイだわ…。

一個一個、心を込めて作られているんだろうな…。

そうでなかったら、こんな美しい彩りが生まれないよ。







ここでようやく台所から彼女の姿が登場した。

あぁ…本当に素晴らしいよ! 素晴らしかったよ!!


それにしても…私はつくづく思った。

同じ歳の彼女がここまですばらしい特技を持っていたなんて…。

自分を省みると恥ずかしい限りである。

「私の特技ってなんだよー、効きパンくらいしかないよぉぉ。

そんなんじゃ一芸入試で大学は受からんよなー(笑)」

そんなくだらない泣き言を隣に言ってみる(笑)。







実は茶事はまだ続いている。

というか、茶懐石というのは、この茶事のための準備のひとつに他ならないらしい。

お腹を適度に満たしてから、お茶を美味しく頂く、というもの。


私はお茶は初めてである。作法なんて全く分からない。

だが、たった一度のこの茶事でおこがましいかもしれないが、

ひとり一人にお茶を丁寧にたてるお母さまのその姿を見つめながら、

お茶と言うものは本当に「もてなし」の心なんだな、と心から感動していた。

(言い訳のようだが、自分のための茶を立てて頂いているときはカメラはもちろん構えない。じっと見つめていた)


お茶を運んでくれるのは彼女だ。

台所用の前掛けははずし、ピンと伸ばした背筋、

そして表からさす西日が一瞬彼女の顔を照らした。

その凛とした表情を私は忘れることができない。

ホントに涙が出そうになった。


ここまでしてくれたもてなしの心に、また感動させられてしまった。

その素晴らしい特技を披露してくれて、ただただ尊敬させられた。

お茶のいろはを教えてくださったお母様、ひたすら感謝するばかりだ。

母と娘の あうんの呼吸に、望郷の思いを募らせられた。




そもそも、彼女は私のHPの読者だった。

一介のHP管理人であり、パンが好きー旅が好きーとのほほんと遊び歩いている、

そんな私のHPをいつも応援してくれている彼女。

HPをやっていなかったら生まれなかった御縁なのだ。

同じ歳で、こんな素晴らしい特技を持ち、もてなしの心を持つ、

それでいて私と同じように普通にパンが好き、なんて人もいるなんて。


先週と先々週と続く、パンがつないでくれた不思議な縁。

私が心から「HPをやっていてよかった」と思う出来事がこんなに立続けに起こるなんて…。

バスに乗って、バス停で降りて、家を探して歩いている時には

まったく想像できるものではなかったじゃないか。


あの西日が見せた凛とした顔。

その時、これは私の中でずっと留まるものだ、と確信した。









最後にしびれて動けなくなった足をほうり出しながら(笑)、

デザートを頂く。これは胡麻のミルクゼリー。

黒蜜に赤エンドウ、きな粉、さらにブルーベリーという斬新な、

ちょっとモダンな和カフェ風スイーツ。


「基本」がなっている人は何をやらせても旨い。

パン屋もそうだよね、…なんでもパンに当てはめて考えるなぁ、自分。

そう、私の特技は「パンが好き」。

胸をはってパン好き街道をまっしぐら、させてもらうからね!







** おまけ **



感動は冷めないが、お行儀の悪さは取り戻した私たち(笑)。

なぜか向かったのはこのお店(笑)。

不思議な縁と言えば、このお店。





ほんとにほんとに今日は全然来る予定はなかったのだ。

でもせっかくだから先々週のお礼がてら、ね。

今頃、明日の「第三回」の準備のために忙しいんだろうなぁ。





「こんにちはー♪」







店長はお出かけ中。あららん、すれ違い?

ほいじゃあ、フリュイ2本ください、テーブルロールもくださいな♪







テーブルロールはコッペとかと同じ生地のタマゴ味の優しい甘みがする、

…バターロールとブリオッシュの合の子(笑)。

やっぱここのパンは、ここでしかない味なので例えが難しいのさ(笑)。





お茶しようとカフェに行ったら、いた(笑)。

明日のゲストのためにたくさんのサプライズを用意して

スタンバッている太っ腹シェフ。


あ、太っ腹って「気前がいい」って意味だからね。

 シェフ。