12.海と、雪と、パンと。〜小樽忍路のパン屋さん〜




2月中旬。

荒れ狂う日本海を眼下に、私は至福のパンに出会えた。



***



〜ここまでのお話はこちらから〜


こちらのお店のことは、あるパンの本を通じて以前より知っていた。

「存在自体が幻のパン屋」

「目の前に広がる海を眺めながら食べる石窯のパンは最高!」

さらに、パン友たちが何人も感動を報告してくれた。

あぁ、道産子パン食人として、いてもたってもいられない…。



正月の帰省時に、この場所を通りかかり、

お店はやっていないけれど店の場所だけは確かめに行っていた。

「ほんとにこんなところにあるのか?」と運転手の父。

結局店の前までは辿り着かなかったけれど、

目の前に広がる日本海に圧倒された。

この場所にある、というだけで、母と大いに盛り上がる。



夏まで待てない!

すぐにでもまた来たい!

そんな矢先、ちょうど札幌に帰省する機会を得たので

速効お店に予約の連絡をした。

とりあえず、クロワッサンだけは…クロワッサンだけは確保したい。

(人気の品なので予約が賢明だとか)

あとは、行ってみたとこ勝負!




札幌から車で1時間半。

忍路(おしょろ)は小樽と余市の間にある半島にある小さな集落。

港があり、夏はよいドライブコースにもなっている。

(ストーンサークルまであるらしい?!)


このパン屋さんは、その集落からさらに高台に位置している。

普通の住宅を改装し、石窯も手作りだという。

冷たい空気の中に、パンの香ばしい香りがただよってくる。

夏靴では玄関までの雪道でツルツルすべりなかなか進まない。

あぁ、心ははやる…。




店先の看板。

どこを切り取っても絵になってしまう。


店内の奥が厨房で手前の売り場には焼きたてのパン。

どこれもこれもが焼きたてで、メガネをしていたら

曇ってしまうのではないかというほど暖かさで満ちあふれている。


まるで雑貨屋さんのディスプレイのように、

ひとつひとつのパンが大事に並べられている。

「私たちは、ここで生まれたのよ!」

そう語りかけてくるようだ。




パンの他にはミオジャムとアンチョビが売られている。

ついうんちく臭い私は母に「このジャムはね〜」と話し出した。

母「知ってるわよ」

M「え、そうなの?」

母「パリで買ってきたあのジャムでしょ」


…そうだった。パリで買ったミオジャムのフィグは不味かったので(笑)

母に全部お土産にあげてしまったのだ(ひどい娘だ)

たまたまフィグではハズしたけれど、

ミオジャムはどれも値段に相応する美味しさ。

店主、ただものじゃないな、とひとりにやつく私。




赤ちゃんをおぶった奥さんは、不思議な雰囲気を持つ人だなという印象。

ゆったりしているというか、ぽーっとしているというか(失礼)

とくに多くは話さなかったが、独特の「時間」が流れている。


「先日FAXをお送りしたものです。クロワッサンを…」


「クロワッサンはないんです」


「???」


「クロワッサンものは今日は失敗してしまって

お出しできるものに仕上がらなくて」



のわわ、全部処分してしまったのですか。

母も私も「それでもいいので」と食い付こうとしたが(笑)

そこはお店の「納得できるものだけを出したい」という心意気に反するだろう。

意外と物わかりのいい母娘は(笑)ここはぐっと抑えることにした。


「また来ればいいものね」


都会のオペレーションが確立したパン屋さんではありえないけれど

のどかな場所のパン屋さんではよくある。

そんな予期せぬ(ある意味カッコいい)ハプニング。



パンを購入し、店を出る。

すごく後ろ髪を引かれる思いだった。


車を海が眺められるところまで進めた。

(駐車場からでは雪の埋め立てが邪魔して海が見えにくい)


  


この風景を眺めながら、焼きたてのパンを切り分ける。

パンかすを車外に捨てる時に吹き込んでくる浜風が冷たい。

ほとんどのパンが焼きたてで切り口からほわっと湯気が立つ。

腹ぺこの親子は車の中でパンにかじり付いた。


 


最高に美味しかったのがこのロデーヴ。

オレンジピールとカレンズ、くるみがぎっしり詰まっている。 オレンジの香りが鮮烈…!

「美味しい」という感覚を突き抜けていくような、

こちらがついて行けなくなるほどに美味しいのだ。


くるみ、オレンジ、レーズンの一つ一つのパーツにもあるのだろうけれど、

がりっと香ばしいクラストと、焼きたてゆえ濡れているかのようなむちむちしたクラムが

溶けるような旨みを醸し出している…。


甘さの余韻にいつまでも浸りたい…。

口の中でいつまでも転がしていたい…。

でも次のひと口にも早く進みたい!


こんなに美味しいオレンジパン、あるんだ…。

こんなところに…。母も私も狂喜していた。

母はこれを買いに来るために「忍路なんて近い近い!」と張り切っていた。

(この娘にしてこの母あり)


 


酔っぱらったフルーツパン。

木箱に入ったこのパンには、ワイン漬けのドライフルーツがぎっしり詰まっている。

いったい何と何と何が入っているのか把握できないほどの種類。

くるみ…レーズン…クランベリー…アプリコット… あともう一つ、

どうしてもわからないものがあるのだが、 まるで巨砲のような、

果肉の歯ごたえのある大きい果実。なんだろう。

歯ごたえのほとんどが果肉でシャクシャク。


すべてのフルーツがお酒を吸って名前の通り、ぺろぺろに酔っ払っている。

フルーツの酔いがこちらまで伝わってくる。ものすごいアルコールの香りだ。

ワインの香り…というよりウォッカのような感じ。色はワインだが。

これを食べた後の運転は危険かもしれないというほどに(笑)。

子供には味わえない大人の味だ。



買ったどのパンにもいちいち

「これもいい!」

「むーーこれもーー!」

大げさではなく、全てに感動していた。




「1キロのパン」というカンパーニュでつくられたタルティーヌ。

発酵バターが塗られ、各ジャムが塗ってある。

忘れられないのが花はちみつ。

はちみつとバターのとろける尼さって、どうしてこんなに童心に戻してくれるんだろう。






100グラムいくら、で売られていた、まるでジグソーパズルのピースのように

積み上げられたクッキー。自然食品系のクッキー達に共通する穀物の味わいが深いものだが、

これはとりわけ胡麻とバターの焦げたような風味が強くて美味。


 


イチジクと胡桃のパン。

胡桃はどこに隠れているの、でておいで〜というくらいに

とても細かく刻まれているというのに、この量のイチジクに全然負けないのだ。

お酒をたっぷり吸ったイチジクもひとくち飛び込んでくるたびにぼわっと芳香を発する。



***



この場所で食べられたこと、それにつきる。

この店は、この場所にあるのがすべて、という気がする。

都会にはいくらでも美味しい店があり、腕のよい職人はいる。

この腕ならいくらでもやっていけそうだろうに、

あえてこの土地を選び、この土地にパン屋を開いたということ。


パンを、自然のペースにまかせて、時には失敗もして、

それでも美味しいものを求めて買いに来る人たちがいる。

海や風や自然。好きなものに囲まれ、人に愛されるパンを作る。

それがなんと「豊か」なことなんだろうと感じさせられた。


本当に来てよかった。

「パンを買うこと」「パンを食べること」「パン屋に行くこと」

最近、あれこれ考え過ぎていたところがあった私。

ここに来て「パンが好き」という素直な気持ちを呼び戻してくれた。

なんか頭も心もクリアーになった気持ち!



次は夏。

どんな風景と風が私を迎えてくれるだろう。

今から待ち遠しくてたまらない。


クロワッサン、今度はうまく焼けますように★




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