37.パン屋の美味しい夜の顔 @青山dのbar





青山のギャラリーのようなパン屋さん…。


パン好きで知らないものはいないほど有名なお店だし

私も何度もパンだけを「昼間」に買いにいったこともある。

パンをアートにする、そんなパン屋さんは昨今増えて来たけれど

このお店が走りだったような気がする。

そんなパン屋さんに「夜」訪れたのは3月の週末の夜。


3名で予約してお店に訪れる。

「パン屋」の方はもうクローズしており店内は暗い。

しかし店の奥では、もうひとつの顔がオープンしている。





これが噂の暗号キーか…。

HPに書かれている番号をピピピピと入力してみる…。

が、開かない。


もう一度ペペペペ…と入力してみる。

が、開かない。


「うっそ、番号間違ってるー?」

「このまま帰る羽目に?!」


薄暗い店内でお店の人が出て来た。

お店の人は扉を開けてくれるわけでもなく

暗号キーの押し方を教えてくれた。

余計なキーを最後に押していたのが悪かったみたい。

ほっ。扉が開いた!!





真っ暗な店内。棚にはパンはすでにない。

でも、パンの甘い香りが充満している…!

この匂いだけで私たちは興奮を覚えていた。





扉をもう一つあけると一本の廊下が…。

この先に、L字型のカウンターがあった。

そう。ここはワインとパンを楽しめるBARなのだ。





席は8席程度だろうか。

スポットライトがピンポイントだけを照らすので

奥の席の方はぼんやりとしか見えない照度だ。

無駄なものはなにもないカウンター。

ひとつ置かれるのはハモンセラーノ(かな?)の骨付き足だけか。





ひとりひとり違う柄のプレートを並べられ、

グラスワインでまずは乾杯。





メニューもごくごくシンプルに、ワインとお酒、

フードはパンの盛り合わせ(2名〜)やチーズ盛り合わせ、生ハム等のみ。

私たちがやっぱり気になるのはパン!


「パンは2名分で頼んで、足りますか?」

不思議な間というか、不思議なテンポの口調のお兄さんが

説明ともつかない説明をしてくれた。

「お持ち帰りはできませんので、食べ切らなければ残してください。

…たぶん…ひとまず…2名分で良いかと思いますよ」




そうして出て来たのがこれ!!

2名分?! こんなに出てくるなんて…!

値段が値段だけに、もっとちんまりとしか出て来ないと思っていたのに…!

すべて焼き戻ししているのか、はたまた焼き立てなのか。

どれもが温かく、ほわほわしているのだ。


「こちら(手前の茶色いパンを指して)は

シェフが気まぐれに作って失敗(?)したものだそうです。

お店では売らないのですが、お出ししてみました」


「なんのお味ですか?!」

…僕もまだ食べていないので…わかりません。

ですから食べ切らなければ残してくださって…(笑)」

「残念ながら私たちはきっと食べきっちゃいますよ(笑)」



まずは「冷めると味が落ちますから…」と言われた

ビス(クロワッサン)から…。

サクサク、ホロホロ…。

おぉ〜。塩気がいい具合に効いていて軽やかな食感!


そうそう、このお店は以前とシェフが入れ代わった時に、

メニュー自体が刷新した。人気の品であっても潔くメニューから消えた。

それを惜しむ声もあったのだが、私は刷新後のパンの方がどうも好きだったのだ。

より素朴な、よりストレートな味わいのパンが多くなったように思えたからだ。


しかしどのパンも、お店で買って食べるのよりも

もっと美味しく感じる! ずっと美味しく感じる…!

とくに、この「シェフのきまぐれで作ったパン」が絶品だったのだ。

バターとシナモンの香りのするホロホロサクサクとした

ブリオッシュのようなのだが、このほのかな甘みが絶品!


「これ、すんごく美味しいです! お店で売ったらきっと売れるのに」

「そうですか。でもたぶんこれはたまたま作ったものだから…」


売らないと思います、独特な間のある口調のお兄さんは私たちにこう言った。





チーズは3種類だが、ウォッシュとシェーブルを1種ずつ、

もうひとつは鶏レバームースを盛ってもらう。

この鶏レバーが幾分のレバ臭さを残しつつもまろやかで美味しい。

チーズもパンの美味しさを十分に引き出してくれる臭ウマさ。





お兄さんがカウンターのハモンセラーノを時間をかけて削ぎ切ってくれる。


驚くのは値段の安さだ。

パン盛り合わせはもちろんのこと、

(このハムが出てくるまでに半分はなくなっている!)

生ハムもチーズも、どれも値段が手ごろなのだ。

「昼間のパン屋さん」の方は「パンにしてはお高め」

「食べ物というよりも作品的」みたいな印象が強かったのに

夜にはその印象が逆転してしまったのだ。


 


ハムとチーズを代わるがわるパンに載せて…!

店頭でもお馴染みのセ−グル(私はここのパンではこれが一番好きだ)や

キノコ型のスタンダードな食パンにもどのパンにも相性が抜群。


 


ここのパンはクラストのサクリとした歯切れのよい食感が共通項。

ラルドンにしてもそうだ。実にいい食感。肉の脂がじんわりと染み出ている。


今回ヴィーニュ(カレンツのパン)の美味しさに心底唸る…!

ブドウのパンとお肉とチーズを組み合わせる美味しさを以前教わってから

すっかりトリコの組み合わせだが、これも本当に美味しかった…!


チーズと肉の美味しい脂で満たされた口をワインですすぐ。

ワインの波が脂をより盛りたててからひいていく。


それを何度もくり返しくり返し楽しんだ。

パンがなくなるその時まで繰り替えし…。

すでに十分知っていると思っていたお店の知られざる

新しい魅力に出会えたことに酔いしれながら。