21-1.炭水化物太平記 〜信州上田 日帰り18きっぷの旅《前編》〜




2004年7月中旬。

この夏も18きっぷのシーズンが到来した。

少し前から、軽井沢の少し先の長野県上田市に行ってみようと思っていた。

あの名店の支店がこの町にオープンしたというのも大きな理由。

そして、私は小説「真田太平記」を夢中になって愛読したことがあった。

パンのことは抜きで、一度その舞台となった場所へ行ってみたいと思っていたのだ。


一人でふらりと行くつもりだったのだが、

その数日前に学生バイト時代の連れから電話がきた。

その友人とは、夜行で飛騨高山へ行ったり(トランブルーでむさぼる!)

京都で買い食いツアー(まともにレストランに入らず!)

などなど、よく泊りがけのチープ旅を共にした人物だ。

そういえば伊勢原パン巡礼も一緒に訪れたっけ…。そんな人物だ。


ちなみに、私はその友人のことを「大将」と呼んでいた。

学生の頃はいつもお金がないくせに、

すべて飲み代に費やしている…という印象だったからだ。


久々に会おうとのことだったがあいにく私も時間がないので

この日帰り旅行に巻き込むことになった。

昔の「大将」は、「ものぐさなくせに金がない」から

しぶしぶと夜行バス、18きっぷと体力まかせの旅に

一緒につきあってくれたものだった。

しかし今回の待ち合わせは軽井沢。

今は「ものぐさなくせに金はある」状態なので新幹線を使うという。

あぁーあ、大人になるってイヤぁねぇ…。ロマンがないよ、ロマンが(笑)。


***


というわけで、行きは一人でどんぶらこと

各駅停車で軽井沢まで向かうことにした。

赤羽7時26分発の高崎線。高崎で乗り換えて、横川まで行く。

それからはバスに乗り換えて軽井沢へ、というコースだ。




横川到着は10時少し前。

横川と言えば峠の釜飯!! 私もこの釜飯は大好きだ。

軽井沢行っても結局これを買って帰ってしまう。

6時起きだったので空腹がひどい。いますぐにでも食べたい〜!



横川からは軽井沢まで連絡バスに乗って峠越えするのだが、

この日は土曜日と言うこともあって、ものすごい人の量だった。

とてもバス一台には乗り切れない。

無理矢理に押し込まれて、ようやく出発することになったのだが、

こういう不可抗力の時にでも、必ず怒号を浴びせるオヤジとかがいる。

「いつになったら出発するんだー運転手!」

どうしてこういうことを言うのだろう。

乗り合わせた全ての人のテンションをさげるようなことを…。


怒鳴ったり、ささいなことで文句言ったりする人間って大嫌い。

きっと旅ベタだろうな。

軽井沢へ行っても「混んでいていやになるな!」とか

レストラン入っても「お冷やがぬるい!」「出てくるのが遅い!」とか。

いるいる、そんなおとっつぁん。


軽井沢までの30分間、身動きもできない状態、

蒸し風呂状態のハードな道のりだった。



***



軽井沢10時45分ころ到着!

軽井沢の風はさすがに爽やかだ〜。

サウナ状態のバスよりも外の方がずっと涼しい!

「大将」とも合流。えらく眠そうだ。

まぁいつものことだが(笑)

10時50分頃「しなの鉄道」に乗り込み、上田を目指す。

二人とも空腹は最高潮! 早くパンが食べたい〜!!



正午少し前、上田駅に到着。

駅前は思ったよりも開けている感じだった。

駅レンタカーでレンタルサイクルした。

18時くらいに戻ってくる、と申し出たのだが、

嬉しいことに4時間の値段でサービスしてくれた!

うひゃーっと喜ぶ私たち。

今日の一番最初の「ありがとう!(涙)」だった。


そして、この日この後、いくつもの「ありがとう!(涙)」

遭遇することを私達はまだ知らなかった…。



***


 

空腹の私達がまっ先に向かったのはルヴァン信州上田店。

代々木八幡にある、あの超名店の新店だ。

上田は店主の甲田さんのふるさとであるのだ。

 

駅から少し離れた、北国街道上田宿柳町という

蔵造りの古民家が立ち並ぶエリアにあった。

まるでそれは江戸時代のような、映画のセットのような、

それが観光的に作られているのではなく、

しっかりこの町に時間と人々と、ともに根付いている。


 


うぁ! あった、ここだー!!

チャリンコを止めてお店に駆け寄る私達。





見覚えのあるパンたちが並んでいる!

玄米キッシュ、ごまクッキー、くるみパイ、

イングリッシュマフィン、イングリッシュローフ…。





富ヶ谷店ではみたことのないパンもたくさん。

クロワッサンやノアは、ちょっと見た目にも違うようだ。

カレーパンやフォカッチャはまだ焼き立てで温もりがある。

冷たい麦茶と一緒に席で食べられるので、遠慮なく選んでしまおう。





富ヶ谷との食べ比べもしてみたい。

もちろん、カンパーニュ317も、バゲット類もある。





いつもの、量り売りスタイルで、パンのカットを丁寧にしてくれる。

2人だったので「パンを半分ずつに切りましょうか?」と

気遣いしてくださったのだが、私は持参ナイフがあったので(笑)

とりあえずそのままにしてもらった。

「ナイフ持参ですか! 気合い入ってますね」と笑われてしまった(笑)。





黒く煤けた木造の建物の中には、たくさんの気をひくレトロな品々が並んでいる。

それを見ているだけで、自分達が遠くまで来たんだなぁ…と

実感させられたし、店を通り抜ける風がとても心地よい。





さて、実食!

カレーパン(画像左上)からかぶりつき。

ぱりぱりのトルティーヤのような生地に、野菜の甘みの強いカレーフィリング。

わりとあっさりしている。食欲がない時でもこの薄さなら食べられそう。


  
 

(右から、クロワッサン、ノワンベール、あんずと松の実のパン)



富ヶ谷で食べるルヴァンのパンとは、明らかに違うと感じたのが

クロワッサンとごまクッキーだった。

富ヶ谷はもっと重たく、チーズのような酸味が強い。

上田のは、バターが濃くて、甘くて食べやすい。

比べるなら私は富ヶ谷の粉の旨味が強いものが好きだが、

同じ生地で作られたくるみパイは甘さ&甘さの組み合わせでこちらの方が好きかも!!

ごまクッキーはほぼ中が空洞。

まるでグリッシーニ? というような軽さだったのは意外。


ルヴァンでは胡桃がほんとに美味しいって思うのだがそれはこちらでも健在!

まるで胡桃の茶色い色素が染みてしまったようなくすんだ茶色い生地に

カマンベールが入った「ノワンベール」。

胡桃が飲み込んだ喉の奥からぐわぁぁぁと湧き出てくるように

いつまでたってもコクが強い…。コクがワイルドなのだ。

温めて食べたらチーズが溶け出てどんなことになっちゃうんだろう?!

胡桃パンは、富ヶ谷はカンパーニュ生地で作っていて、 こっちは白生地で作っているとのこと。

だからお店の方は「富ヶ谷の方が好み」とのことだが私にはどちらも美味しかった!


お店のお姉さんが「富ヶ谷よりも好き」と言っていたのはベルベデーレ。

私もルヴァンのベルベデーレ大好物であるが、

言われてみれば甘みが一層強くて、私もこっちの方が好きかも?!

(さっきも言ったが「どっちも美味しい!」(笑))


…こんな風に、お店の方たちの間でも、

どっちのパンが、とかを食べ比べて楽しんでいるように思われた。




もちろん、名作メランジェも欠かせない。

ナマコ型の当日焼きを購入したが、

お姉さんが「こちらがローフ型、こちらが前日焼き」と、

いろいろ試食を持ってきてくださった。

うぁーー夢のような食べ比べ!


東京から来たということを話し、

いかにパンが好きかみたいな顔をしていると(笑)

「電車賃にもならないですけど…」と、たくさんサービスしてくれたのだ。

正直なところ、お店のパン全て食べたことになる(笑)。

そして、懇切丁寧にひとつひとつのパンについて解説して頂いた。

本当に「ありがとうーー!(涙)その2」だった。

だって、買って帰ったパンよりも、

もらったパンの方が多かったのだから(笑)。

…なんて書いてしまったが、行けば私達と同じようなサービスをしてもらえると期待しないでね(笑))



長居をしたのでお店の方も代わる代わる顔を出してくれた。

スタッフには、富ヶ谷でも見かけたことのある方もいた。

この地に移り住んだのだろうか、そのことは聞かなかったが、

本当に「ルヴァンのパン」を愛しているんだなぁって思った。

みんなでテーブルを囲んでまかないを食べている姿が、

パンを焼いている姿をみるよりも、なぜか清清しく感じたのだ。


富ヶ谷のパンと、上田のパンは、

窯も違うし、酵母も違う。

なるほど別物だった。

だけど、パンに対する信念や熱さ、愛情の深さは同じくらい感じられた。

どちらが美味しい、どちらが物足りないと、言葉にするのは簡単だけど

私はむしろ、全く違う、新しいルヴァンのパンに出会えたようで

はるばるここまで来てよかった〜っと痛感した。



***



上田にはあと2軒行きたいパン屋さんがあった。

でも時間的に厳しそうなので、あと1軒だけに絞った。

ルヴァンで十分満足しちゃっていたので。


「大将」はパンも好きだが、メインは麺党である。

夏になったら毎日ソーメンらしいのだ(笑)。

信州と言ったらお蕎麦でしょう!

「蕎麦屋も行こうねー」なんて話もしていた。

その矢先、名前だけは耳にしていたものの

場所は確認していなかったお蕎麦屋さんを発見! ラッキー!

ルヴァンとは目と鼻の先である、手打百藝「おお西」。


 


こちらも古民家を改装した、洒落たお蕎麦屋さんだった。

店内は大正ロマンを感じさせるようなアンティークな家具、調度品に囲まれている

といいつつ、縁側に近付くに連れて庶民臭い部分もあって、堅苦しくはない。


さんざんパンを食べた後なのでお蕎麦は二人で一つ、そして山菜の盛り合わせを。

その山菜の盛り合わせにはフキノトウのかす漬けみたいなものがあるというので

「そりゃ飲まなきゃ損でしょ」と言ってビールもオーダー(やめておけ…)。

お蕎麦は更級蕎麦と手延べうどんの合もりにした。

本当は発芽蕎麦というのも気になったのだが「大将」は更級好きらしいのだ。


 


蕎麦もさることながら、うどんのつるつる食感とコシの強さに感動♪

つゆも、甘過ぎず、辛すぎず、非常にいい具合。

甘党の私と辛党の大将の両方を満足させるつゆだ。

しかしパンで膨れたお腹でビールや蕎麦は火に油を注ぐようなもの(笑)。

しかも大好きな蕎麦湯を2杯も飲むから胃袋ははち切れそう!

満腹すぎて、しばし休憩タイム。

座敷なので、ついつい自分の家みたいに足を思いっきりのばして

くつろいでしまった(くつろぎ過ぎ(笑))




「夏やすみだよねーーこれってー」

永遠に子供でいたい「大将」は、

日々あくせく働いている自分に、日々違和感を感じている。

「夏休み」が大好きなのだ。

毎日夏休みでもいいらしい。

「趣味:寝ることです」と言わんばかりのものぐさだ。

昼から酒を飲む「ろくでなし飲み」が大好きなのだ。



お会計をするときに、とくに「東京から来た」みたいなことは言わなかったが、

「美味しかったです、とくにあのおうどん」みたいなことを声かけると

お店のおじさんがいろいろと説明してくれた。

(もう詳しいことは覚えてない(笑))

さらに、この建物の2階を見ていかないか、と提案してくれたのだ。

これにはびっくり!




懐かしい階段箪笥をおずおずと登る。

ぎしぎしと鳴って足元が抜けそうだ!




2階は広間が3つくらいあり、ピアノやテーブルが並んでいた。

ここでは定期的に演奏会などもやるらしい。

大富豪の家だったそうで、造りが非常に頑丈らしいのだ。

天上のハリは釘1本使わず組まれているのに、

よくもこう何百年も崩れることがないのだなぁ。

天上を眺めていると、さらに3階もあることを発見。昔で言う、博打部屋なんだそうだ。

さらに急なハシゴを登って上へ。まるで修学旅行みたい!(笑)



 


右は説明をしてくれるお店のおじさん。

左は年に1回大晦日の大掃除が大変という見事な天上のハリ。

てことは7月の今は半年分のホコリがかぶっているのか。





レトロなレジスター。…レジスターという言葉も久々に使った(笑)


まさかお蕎麦屋さんに来て案内付きの貴重な歴史的遺産を

体感させていただけたるなんて夢にも思わなかったのだから。

本当におじさん、「ありがとう!(涙)その3」

なんでこんな展開になったのかが不思議だが、

とてもラッキーだったのは間違いない。

ホントに来て良かった!



***



時計をみると2時ちょっと過ぎ。

この後、山の方にあるパン屋さん1軒と、

上田城と池波正太郎記念館で真田めぐり、

さらに別所温泉にも行こう…と目論んでいたのだが…


もうこの時点でも十分すぎるほど満喫!

それでもなお欲張る私。

ものぐさ「大将」の尻を叩き、山にあるパン屋さんを目指す。


…しかし…

この旅はここからが長い。

ここからが本当に面白い旅だったのだ。




★続きは後編にて★