13.東京で味わう「日本のカンパーニュ」@立川



休日はパン屋さんへ行く日。

このリズムが私には必要不可欠らしい。


平日の「オンタイム」の私は、都会の名パン屋さんに足を向ける。

味ではこれ以上ないってほどに私を満たしてくれる。

アルバイト的な接客でも私は構わない。

「オンタイム」は、とにかく「味がよいパン」を求めている。

割り切っているといってもいい。



しかし休日には、味だけではない、温もりみたいなものを求めてしまう。

できればひっそりやっているような僻地のパン屋さん。

小さく、味のある店。

明確なコンセプトのある店。

夫婦で切り盛りしているような温かい店。

そんな、作り手の見えるパン屋さんへ出かけたい。



早起きして電車に乗る。

お昼に食べるパンを調達しに電車に乗ってまで…と人は笑うかもしれないが、

知らない町への旅気分も味わえる、小さな小さな電車旅行。



これが私の「オフタイム」。



***



2月の最終土曜日。この日の起床も早かった。

毎週水曜と第二、四土曜しか開いてない立川のパン屋さんへ行くためだ。

月に6日しか開いていないこの店は、石窯で少量しか焼かないため、

午前中で売り切れてしまうことがあるらしい。

数日前に予約は入れたものの、やはりどんなパンが並んでいるのかを見たい。

窯から出たてのパンにかじりつきたい。

10時到着を目標に電車に乗る。



乗り換え3回で約1時間の小旅行。

東京都であるのに景色がどんどんゆるくなっていく。

休日の早起きは、平日のそれよりも一層眠気を誘う。

読もうと思っていた本を開くこともなくうとうとと電車に揺られていた。




到着した駅の周りは、驚くほどのどかな風景。

月並みな表現だが「東京とは思えない…」風景が目の前に広がっていた。




駅から歩いて10分。

見知らぬ土地でパン屋さんを目指して歩くときは

いつも時間以上の長さを感じる。

「早く会いたい」せいかもしれない。

「空腹による疲れ」のせいかもしれない。

しかし、そんな長さも心地が良いものだ。




近づくにつれ、薪の燃えるような香ばしい匂いが漂ってきた。

看板を発見! ごく普通の農家の玄関先という感じだ。




つたが絡まる小さな家屋の一つがパン屋さんになっている。

引き戸を開けると、年季が入っているような石窯があり、

所狭しとパンが肩を寄せ合っている。

ざるを渡され自分でパンを選ぶスタイル。

ステンレスのかごならあるけれど、ざるは滅多にないかもしれない…。




朝なのに、お客さんはひっきりなし。

このペースなら午前中に売り切れてしまっても不思議じゃない。

友人の分も…と思ったのだが、ブレーキがかかった。

ごく少量しか焼いていないようだから、あれもこれも…と

しこたま買うのにひどく躊躇する気持ちだった。




おかみさんらしき方に、写真を撮ってもよいかをたずねた。

すると少し困惑した表情で

「お客さんが多くいらしてくれるようになったのですけどパンが追いつかなくて…」

「お名前は出しません。私のHPはマイナーですから

そんなに人の目にもつきませんから…」とお許しを頂いた。




正直な話、本当は写真も載せない方がいいのかもしれない。

HPを持ってからというもの、あちこちにカメラを向けるようになった自分。

…周りを見ていないな、と反省をしてしまった。

…でも、一個人のマイナーサイトだし、と言い訳を用意しながらこうして書いている次第だ。




お店を出て、直売で野菜を買った。

東京でこういう場所があるなんて…ある意味カルチャーショック。

野菜とか、他県から運ばれてくるものという感覚があったから。




ほうれん草やルッコラ、ニンジンを買った。

ここのほうれん草のパンは、これを使っているのかしら。


雑貨屋さんもある(トップの画像)。

フレンチ、モダン、和……この小さなギャラリー小屋も独特な空間だ。

「ここでぼーっと店番させて欲しいなぁ」などと思ったり。




カフェはその奥にあった。

パン屋さんとは厨房でつながっているようだ。

蚕の蔵を改装したとのことだが、

高い天井のハリとシーリングファン、アンティークな小物たち、

ひとつひとつにこだわりを感じる。


 

ここでは「ライスドリーム」というお米から作られたミルクを頂いた。

そしてパンも一部切ってもらい、一緒に頂いた。

ミルク粥…ともまた違うのだけど、とろんとした口当たりと色は甘酒のよう。

ほんのり甘くて、お米の存在がはっきりわかる。とても美味。




切り分けられたカンパーニュはカボチャ、サツマイモ、小豆、レーズン、くるみが

見たとおりぎっしりと、そのままの形で混ぜ込まれている。

カボチャの色はなんて鮮やかなオレンジなんだろうか。

このパン一つあるだけでお店がパッと華やいでいた。

どの素材も好物ばかり。

これにりんごと栗まで加わったら、

女性の究極の幸せにたどり着いてしまうのかもしれない(笑)。


一口目からカボチャとサツマイモの甘みが飛び込んでくる。

余計な甘み付けはしていない、野菜を丸ごと頂いているような感覚。

そこにまた甘くない小豆が「野菜だけではない」ことを思い出させ、

さらにレーズンが咀嚼を終えた口の中でいつまでも甘さを延長させていた。

素材それぞれの「甘さ」のタイプは異なるから、余計美味しさが高まるのだろう。




私が「素材の甘さ」をより痛感したのはバナナとくるみのパンだった。

スチームケーキのように、ぼこすか小さな気泡が開いた生地は、

しっとりとしてヘチマスポンジのよう(の全粒粉のパンも同様のテクスチャー)。




本当に甘くない! 

…というのは、あくまで砂糖甘さがない、というだけで、

バナナ自体の甘みがほんのりとくるのだ。

バナナが甘さを出すのにすっごくがんばってる…とその力強さに感動した。

他のバナナがらみのパンが、いかに他の甘みに頼っているかを感じされられるものだった。




スコーンも絶品! 

やっぱりこれも甘くないけれど「卵の味」がよく出ているスコーン。

一筋縄ではいかない、とても個性的なお味。








どのパンも、素材の持つ甘味を最大限に活かしたパンばかり。

一言で言えば全て「甘くない」…のだが、甘さの次元が違うというか。

この小豆のパンも、小豆が持つ「味わい」に気付かせてくれる。

「あずきってこんな味だったんだ…」と今さらながら。

あんパン…ではない。これはあん、ではなく、小豆、だ。




しばしカフェで時間を過ごしながら、店の外を眺める。

テラスではペットを連れた人たちが、パンとお茶を楽しんでいる。


この人たちはどこから来たのだろう。

案外近所の方かもしれないし、

遠方から来て、たまの休日を楽しんでいるのかもしれない。

やはり私も遠方から来たものの一人だ。

さくっと店を鑑賞してさくっとパンを持ち帰る

…だけでは、もったいない気持ちがする。

もう少しここでゆっくりしたい、もう少し…。




…というわけでビールも注文している私(笑)。

日が差してきて、なんだか眠くなってきた…。



このお店の「カンパーニュ」というパンは、先にも書いたけれど、

カボチャやサツマイモ、小豆などがたっぷり入った独特のもの。

フランスパンの「カンパーニュ」とはかなり趣が異なる。

けれど、私はなるほどしっくりくるネーミングだな、と思った。

私たちはフランス人ではないから、どうがんばっても

カンパーニュ(=田舎パン)は自分の中にはしっくり収まらない。

でも、私たちが思い出す日本の田舎の風景はまさにこういうイメージだろう。

昔ながらの馴染みの素材で作られ、昔ながらの日本の風景に溶け込むパン。

日本のカンパーニュで生まれた「カンパーニュ」。



***



もしかしたら、こちらのお店は、ご近所の方に日常的に

おいしいパンを食べてもらいたいと思ってパンを焼き始めたのかもしれない。

評判になり、遠方から人が駆けつけ、不本意ながらパンがあっという間に

なくなってしまう…それは本望ではなかったのかもしれない。



しかし、私はやはりこの日にここに来てよかったと思う。

普段都会で生活をする私には、こういう場所に来ることは「日常」にはなりえない。

だからこそ、オフの日の「非日常」はなによりのご褒美なのだ。

たまにしか来られない場所であるけれど、

「ご近所さん」には到底なりえないけれど、

つかの間でもそういう私を受け入れてくれたらうれしいなと思う。


また「非日常」を求めて、私はこの「田舎」に訪れるだろう…。

私は「東京」へ戻る電車に揺られながらそんなことを考えていた。



…訂正! ここも「東京」だった…。



2005年春 続「日本のカンパーニュ」はこちら