57.はじまりはリュスティック@ニコラ塾



2006年1月。

月に1回、全3回、守谷のニコラ食堂で行われるパンのお話会。


第一回はリュスティック。

第二回はパン・ペイザン。

第三回はカンパーニュニコラ。


どれも大好きな思い入れのあるパンだけど

先週ニコラ食堂に行ったばかりだけどDIARY2005/1/22日記参照)

私は迷わずリュスティックを選んだ。

ニコラとの出会いのパンこそ、リュスティックだったからだ。



店長スギヤマ氏が水海道でNicolasを開く前。

東京のとある店でパンを焼いていた。

私はその店のカウンターで初めて彼の焼くパンを食べた。

リュスティックと言えば、粉と水と塩のシンプルなパン。

焼き立てのほやほやの時に、カリッと焼かれたクラストに

爪を立ててかち割るのが一番好きなパン。


…ところが、彼はそのリュスティックを薄いスライスにして

練ったよつばのバターを添えて出して来た。

私にはこういう食べ方は意表をつくもので、なんと大胆な…と驚いた。

いや、むしろ「も、もったいない…」とすら思ったのだ(笑)。


ところが、そんな薄いスライスであっても

強く強く出てくる粉の甘み! 再び私は驚いた。

「こんなに美味しいリュスティックがあったなんて!!」


持ち帰ったリュスティックは、やはり爪を立ててガリっとかち割った。

中からは見たこともないようなつやつやに輝く気泡が現れた。

まるで濡れているかのような内層を、きっと私は初めて見たんだろうと思う。

ガリっと塊で引きちぎると、ぴちぴちと跳ねるようないきの良さ!

吸盤のように舌に吸い付いてくるようなクラムを夢中になって齧りついた。


こんなに美味しいパンを焼ける人がいるのか!

当時からたくさんのパン屋さんをあちこち食べていた私だったが

この店から本当の「パンの美味しさ」を教えられた。


これが私のリュスティックとの出会いだった。


東京のお店が閉店してから、一番別れを惜しんだのはこのリュスだった。

水海道のお店が開店してから、一番再会を喜んだのはこのリュスだった。

もちろん、私は今でもリュスティックはそのままかじりつくのが好きなのだが(笑)

ニコラ食堂ではこの薄切りスライスの食べ方を推奨している。

なにより、作り手本人がこの食べ方が一番好きなのだ。私たちに「提案」をしているのだ。






今日の「生徒さん」は10名。

この手のパンイベントに参加すると

だいたい知っている「パン好き」の顔ぶれが揃うので、

「今日は誰が来ているだろうね」と、同行した友達と話していた。


ところが予想に反して、みなさん初めましてな方々ばかりだった。

東京から来ているのは私たち2人だけ。

地元・茨城在住率が高かったのだ。

水海道の高校生の男の子(!)も参加していたのだ。

つくばのご夫婦は、御主人がパン狂、奥さんがそれに洗脳されつつある、

という実に珍しくもうらやましいお話。いや、実にうらやましい…(笑)。





準備が始まるまで歓談をする。

そのとき、みんながじっと見守っていたのは入り口側のオブジェ。

通称ニコラバスの手作りオブジェだ。

昼下がりの光りと影がほんの数分だけ見せる、幻のワンショット。

先週、同行した友人がこの一瞬のショットを撮った(それはこちら!)。

その画像があまりに幻想的で感動した(私はちょうどトイレに行っていたのでチャンスを逃した(笑))。


私たちもそれに習って(笑)、こぞってシャッターチャンスを待ち構える。

バス(の影)はスピードをあげて右へ右へと走って行く。

そして影の中に消えて行った。

…ほんのつかのまの幻。





今日のテーマであるリュスティック。

それにまつわるレジュメがテーブルに配られる。


「リュスティック…田舎の/素朴な/飾り気のない/質素な」


そう書かれたレジュメに、私たちはこれから始まるリュスティックのお話を

うんうんうなずきながらメモを書き留めるのだ。


Nicolasのリュスティックは、通常フランスパンで仕込む約1.3倍の水で仕込むため

とてもどろどろな生地。なので整形せずに高温でパッと焼く。


確かにニコラのリュスティックは、他の店では見られないほどに

クラムが「まるで濡れている」かのようにうるおっている。





教壇(?)に並べられた3つのリュスティック。

赤と黄色と緑で色分けがされている。


「みなさん、リュスティックを保存する時はどうしますか? 冷凍ですか?」

そう問いかけるシェフ。


この3つのリュスティックは右から「当日」「翌日」「翌々日」

常温放置されたものなのだ。


うん、私は即冷凍かな。

あぁ、でも通販したときは翌日、翌々日まで常温放置だったものを食べたっけ。





ちなみに、たまたま「翌日」のリュス(まん中)は縦に大きいけれど基本は同じもの。

色分けのマークは、インゲンとパプリカで! こういうところがセンスだなーと思う。


シェフは語る。

ニコラのリュスティックは、

常温放置してもまたなお違う美味しさがあると。

それをぜひ、試してもらいたいというのだ。


ぉぉ! さっそく実食ね(笑)、お昼ご飯食べていない私は腹ぺこ。

さっそくがっつくのだった。



緑の「当日」は、やっぱり美味しい!

かき餅のようなクラストの甘い香ばしさがたまらない。

まだクラムも水分がたっぷり残っているからぴとぴとと粘着性がある。


黄色の「翌日」。

これもまた美味しい!

クラストの香ばしさが控えめになり、かわりにクラムの味が前面に出てきている。

目の詰まった食パンのような味わい、とも言えるかも。


そして赤色の「翌々日」。

シェフはこれが一番好きだと言う。水分が適度に抜けているものだ。

なるほど、これも美味しいー!

より味が凝縮された感があり、後から味が湧き出てくるような感じだ。



「リュスは焼き立て当日が命!」

それが定説であるのに、ここのリュスはそういう常識は必要ない。

翌日でも、翌々日でも、違った味わいで楽しめるのだ。






「ロデヴ」は、リュスの親戚。


ロデヴはリュスティックよりさらに水分が多いそう。

粉に対し8〜9割の水だそう。

その生地のどろどろっぷりはまるで「スープのような生地」らしい。

酵母は自家製ライ麦酵母で、味は少しリュスよりストロング。

私も大好きな一品である。

ほら…! この気泡のつやめき!!

あぁ、肌にあててパッティングしたいなぁ(笑)。




ここで軽食タイム!

前菜盛りとスープが登場〜。

わーん、パンと飲み物だけじゃなかったのねーお昼抜いてよかった♪

お馴染みラタトゥイユと、トマトスープの赤コンビ。

トマトが濃厚でとても美味!

…し、しかし他のみなさんとは違って、もうすでにリュスを食べ切っていた私(笑)。

あぁぁ、みんなちゃんと残していたのね。バカですーバカバカ(笑)。




一見チーズケーキ? …と思われるでしょうが。

なななんと、これは豆腐!

豆腐をワインに漬け込んで赤ワインをかけたもの。

これは珍味だ〜。





リュスをあっという間に食べ終わってトホホ顔だった私だが

ロデヴとフリュイのスライスが登場して、顔がパパパー−と花開く(笑)。


そう、この大人気フリュイも、セロリチーズ(後出)も、

リュスの兄弟なのである。

ニコラのリュスは、シンプルだが味が濃いので、

たくさんクルミとクランベリー、セロリやチーズといった

強い素材にも負けない生地なのだと。

他のパン生地では、生地がただの「つなぎ」になってしまう。

「やっぱり生地を味わってもらいたいから」と語るシェフ。

ニコラのフリュイはだからあんなにも美味しいのだ。

他の店にはきっと作れない味なんだ。




今度は「パンナイフの使い方」実習!

「当日」のリュスは切りにくいので、使うパンは「翌々日」のリュスティック。

切り方を言葉で説明するのはたいへんなので省略します(笑)。


「じゃあ、実際切ってみましょうか」

おぉ、実践ですな。

一人ずつ、ナイフでパンをカット、そのスライスは自分で食べます(笑)。





…なんか、へっぴり腰の人がいますねぇ(笑)。

腰がひけてますよ、お姉さん!(笑)

撮影:Nicolasシェフ





でも彼女(笑)は、無事スライス成功。

むふふ、いただきまーす。





そろそろ終わりの時間が近づいて来た。

実に内容の濃い2時間。そして、お土産も濃厚だった〜。

本日の主役、リュスティック、

その親戚のロデブ、その兄弟のセロリチーズ。

そして、今日の参加者だけのスペシャル版がこの、木の実のガレット!

ほろほろバター風味のガレットを土台に、ナッツがたっぷり、

さらにさらにドライアプリコットとドライバナナまで埋め込まれちゃっている

隠しアイテム満載のスペシャリティ!! 絶品だった〜。





「リュスティックは、たとえ売れなくてもパン屋が置いておきたいパン」

そうシェフは語る。

人が作るパンではなく「粉と水が作ったパン」と言われるリュスティック。

とても手間もかかるし、言うことを聞かないパンだから

「人がパンに合わせるのではなくて、人がパンに合わせる」

たとえお客さんであっても、「人がパンの都合に従う」のだ。

そんなリュスティックを作っている限り、パンにきっと人はついてくる。

大丈夫。大丈夫。





正直なことを言おう。

私は近頃、危惧していた。

変わり続けるニコラが不安だった。

新しい挑戦が、がむしゃらな若さが、時に危なっかしく見えた。

あくまで「パン好き」のための、マニアにしか受けないパン屋にはなっていないか、

自分たちがネットで騒ぐのと一般の間に、体温差がないだろうか。

そう不安に思っていた。


でも…。

今日のニコラ塾に集まった生徒さんたちが

私のひとりよがりな不安を打ち消してくれた。


水海道に住む高校生の男の子は

現代では絶滅したと思われそうなほどにシャイで純朴そうな少年だった。

そんな彼は、ニコラのパンでパンの美味しさを知ったそう。

お小遣いでパンを買いに来るという彼、とってもシェフに憧れているんだな。

さっきまで恥ずかしそうにうつむいていたのに、パンを目の前にして

話をするシェフを目の前にして、なんときらきら目が輝いていることだろう!


参加しておいてこんなことを言う資格はないけれど

いわゆる「パン好き」ばかりの参加じゃなかったということ。

地元の人に愛されているんだと。

応援されている、その体温を感じられたこと。

ものすごく勝手な話だけど私にはそのことがなにより嬉しかった。



変わり続けることを、私は応援しよう。

そう思った。

ニコラ塾に集まった生徒さんたちの顔を、

毎日楽しみに通ってくれるお客さんの顔を、

遠くから通ってくれるお客さんの顔を。

忘れずにいてくれるなら。



今日、ちゃんと約束してもらった。

「この先、なにがあってもこのリュスティックやフリュイの味を守ってね」


リュスティックとロデヴ。

「人の都合にパンに合わせるのではなくて、人がパンの都合に合わせる」

このパンが作られる限り、ちゃんとお店に並ぶ限り、

きっとNicolasは大丈夫。



私も今日、味わった思いと思い出と思い入れを忘れない。

冷たい冬の空気に鼻の奥をつんとさせながら

「守谷」からのつくばEXに乗車した。