5.オフィス街の昼パン事情





オフィス街の昼時は選択肢は多い。
弁当屋。立ち食い蕎麦。カレー屋。ラーメン屋。
夜は居酒屋の定食屋(たいがい魚定食のパターン多し)。

意外にパン屋は少ない。
いや、あるにはあるが、どうにも好みのパンを売る店は少ない。

私は今の会社に入社する前までは人並みに米も食べていた。
白いご飯に和食中心のお弁当を持参していた。麺も好きだった。
しかし、このパン屋との出会いで「毎昼パン食」にシフトしていった。

とくに名を挙げて紹介する店ではない。
わざわざ電車に乗ってまで来るべき店ではない。
なぜならどこのオフィス街にも通い詰めるパン屋さんはあるだろうから。
たいがい一家で切り盛りしている小さな店だったりする。
焼きたてが次々に並び、お財布だけを片手にOLたちがわらわら列をなして
パンと飲み物を買い求めに来る、ごく普通のパン屋さんだからだ。

入社後、すぐに会社周辺のパン屋さんをチェックしここを見つけた。
焼きたてのほやほやを毎日食べる喜びを知ったのもこの店のおかげである。
昼に、もう冷えたパンなど食べられない! って思うようになった。

大手製パン会社から生地を購入し、アレンジして出す店は多い。
「どこかでみたことがあるパンだ」
「これはどこそこの系列なのね」というのはよくある話だ。
しかし…この店はやはり異色なのだろう。
明らかに「どこそこのパン」というのがわかるのに、
完全にオリジナル化している。原型をとどめていない。

この店のパンを形容するときには、擬音語を必要とする。
「べちゃっ」「どばっ」「ぐちょ」「どろりん」「べとーん」…。
およそパン屋らしからぬ擬音語であるがまさにこのとおり。

例えば、トマトを使った総菜パン。
角切りのトマトをそのまま
どーんと入れて、
マヨネーズを
どべろーんと入れて、
チーズを
どばーんと入れる。
入れている量がハンパじゃない。
あまり焼き込まないので生地はなんだか
むちょむちょ生っぽい。

しかも、焼きたてのパンなのに
袋に入れてしっかりテープを貼ってくれてしまう。
おかげで
しにゃしにゃべちょべちょ ぐちょぐちょ状態に。
「袋に入れるのはやめてください!」なんて
パンオタク語を発するのはここではナンセンス。
何十年もこういうスタイルでやっているこの店には
焼きたてのパンを袋に入れて口を閉める、
なんてことは大した意味はないのだ。

…しかし…
このパンは本当にウマイ。
焼きたてはまるで緻密に計算されているかのように
トマトもチーズもマヨも分量が絶妙だ。
生地の生っぽさすら、ウマイと思わせる何かがある。



この日はたまたまトマトのパンはもう売り切れていたが、
もう一つの名物パンはしっかりあった。
これは、すでに黒糖で甘く味付けられたソフト生地に
バターをスプーンで
どべちょっと塗りたくり、
ハチミツを
びゅわわ〜と浴びせる。
これが熱で溶けてトレーは
びちょびちょ
いったい何キロカロリーあるのかと、
それなりに風貌を気にするOLにとっては
最も敬遠したくなるようなパンである。
(といいつつ、私はかつて超ハマった過去がある…)

あるとき、トレーの上でわざと逆さまにして
バターを半分近く落としてレジに持っていった。
するとわざわざそのバターをそのパンでぬぐって戻してくれた(笑)。
もちろん食べるときはバターが溶けきらないうちに
半分こそげ取って頂くようにしている…。

この日久々に購入したのはバゲット生地に漉し餡と生クリームが
どばばばとトッピングされた超甘系。
過去に二度くらいトライしたものだ。
もう一つは、トルティーヤにトマトとツナと大量マヨネーズ&チーズの総菜パン。
よく食べる一品だ。"比較的"ボリュームが少ない、レアな一品だ…。

 
生クリームはチープなクリームなので上口全体がもたれる。やはりこそげ取る。
同僚は「この安ウマさは、元気なときじゃないと食べられない…」とつぶやく。
そう、この店はパワーがないときにはきつ〜いパンが多いのだ。

どのパンも、ひとくせふたくせあるパンばかりだ。
まっずいパンは本当にマズイ。
くどいパンはたった一個で胃もたれするほどくどい。
「多ければみんな喜ぶでしょ」とは、ちょっとトレンドからずれた発想。
具が少なくて「もっと入れて!」と思うパン屋は多いが、
「頼む、もっと減らしてくれ〜!」と懇願したいパン屋はそう多くはないはずだ(笑)。

私はここのパンに入社早々からハマり、毎日毎日食べ続けていた。
昼はおかずだけを持参し、パンをこの店に買いに行った。
そうして、パンを食べずにはいられない体質になってしまったようだ。

今でこそ、銀座やら丸の内やらへパンを買いに行く毎日、
久々に食べてみても「…」と思ってしまうことも少なくない。
しかし、このパン屋が大好きだということは今でも変わらない。
このパン屋があったからこそ仕事を辞めずに続けられてきた。
いつでも側にある。会社をもしも辞めてもきっとそこにあり続ける。


ハマる者はハマる。拒絶する者は拒絶する。
それでいい。この街には他にも昼の選択肢はたくさんある。
どこのオフィス街にも、こういう店はひとつはある。


そして私はこの街のこの店が大好きである。